LOGINウケイは、溜息交じりに呆れた様子でその会話に割って入る。
「二人共そのくらいで。遊びに行くのではないのですよ」
「そうだぞ、赤毛!」
「ファージ様も、我々は“クスニューの森”を通ってアウルムへと向かいますが、宜しいのですね?」
「……え? クスニューってあの、危険区域の?」
「はい。その危険区域のクスニューですよ」
王領の一部であるクスニューの森には王陛下の許可がないと入れない。
原生林に近い森で軍の野営訓練などで使用される他は、立入りが禁じられている。
人が入らないから獣も大きく、危険区域に認定されているのだ。
現王が即位されてから、植物や動物研究の為に荷馬車が通れる道の開拓が進められた。
生きて帰って一人前と言われるクスニューの森は、新兵の登竜門とも言われている。「公爵様も人が悪いですね。それを黙っておいて好きにしろ、とは。一等兵の貴方には、荷が重いのでは?」
ミレーが「一緒に腹を括りましょう」と言ってくれて、好きでいるだけなら許されるのかと、思い始めていた。 こんな風に首飾りまで用意して、審議所での全てをちゃんと見せてくれて、臆病で世間知らずな自分が信じられるように事を運んでくれている。 それは自然に事が流れているように思えるが、本当は違う。 公爵の深い考察と先読みした行動力がそう見せているだけで、実際はそう簡単な事ではないだろう。 首飾りだっていつからオーダーしていたのか。 王妃の友人だとあの場で公表した事にも意図があっただろう。 審議会に祖母を連れ出す事も、その審議会に自分を参加させるよう手配し顔を見る機会を作ってくれた事も――――。 ずっと前から考えてくれていたのだと分かるから、余計に苦しい。 そんなオルタナの心情などお構いなしに、ファージは自分の妹がどれだけ美しく麗しいかをツラツラと自慢している。 全く興味の無さそうなウケイの顔さえ、視界には入っていないらしい。「まぁ、でも妹君の相手には良いαをお探しになった方が良いですね。貴殿の子孫は望めないかもしれませんから」「……はい?」「貴殿は件の酒を飲んで、一時は危篤状態だったと聞いています」「はぁ……それが何か……? もう体は何ともないですが」「種芥子の由来は種枯らし。他の種の種を根こそぎ殺すのです。だから、昔は罪人に刑罰として与えられていたんですよ。悪党が子種を撒かない様に。繁殖機能を失っては家督相続も難しいのでは?」 ずっと喋っていたファージも、流石に黙る。 ウケイが煩いファージを黙らせる為に誇張したと分かってはいるが、少し気の毒な気もした。 だがウケイの言った事は間違っていない。 種芥子は他の種を滅する強い生命力があり、繁殖機能を奪うと言われている。 でもファージが口にしたのは上澄みで、ほとんど飲んでもいない。 だから、そこまで影響があるとは思えなかった。
ウケイは、溜息交じりに呆れた様子でその会話に割って入る。「二人共そのくらいで。遊びに行くのではないのですよ」「そうだぞ、赤毛!」「ファージ様も、我々は“クスニューの森”を通ってアウルムへと向かいますが、宜しいのですね?」「……え? クスニューってあの、危険区域の?」「はい。その危険区域のクスニューですよ」 王領の一部であるクスニューの森には王陛下の許可がないと入れない。 原生林に近い森で軍の野営訓練などで使用される他は、立入りが禁じられている。 人が入らないから獣も大きく、危険区域に認定されているのだ。 現王が即位されてから、植物や動物研究の為に荷馬車が通れる道の開拓が進められた。 生きて帰って一人前と言われるクスニューの森は、新兵の登竜門とも言われている。「公爵様も人が悪いですね。それを黙っておいて好きにしろ、とは。一等兵の貴方には、荷が重いのでは?」「い、いえっ……ぜひ、お供させて頂きますっ」 勇敢なのか、バ……いや、短絡的なのか。 オルタナにとってはクスニューの森には入れる事は楽しみでしかなかった。 きっと古文書に載っている様な珍しい植物もこの目で見れるかもしれない。 そんな期待に満ちていた。 森に入るのは慣れているし、獣除けの鈴や痺れ薬などもちゃんと持参している。 非力な自分だからこその武器は、知識と薬だ。 モリガンでも見た事ない植物が、間近で見られるチャンスなんてきっと二度とない。「じゃあ、出発しますよ――!」 スーランの号令で三人を乗せた荷馬車が出発する。 ガラガラと音を立てて走り出した荷馬車は、荷台に幌を付け寝泊り出来るようにしてある。 馬に乗れない自分の為にウケイが準備してくれたものだ。 御者がスーランだとは聞いていなかったけれど。 生肉を扱う彼らは時間との勝
オルタナは荷馬車が到着するまでの間に、ウケイといくつかの約束をした。 道中、何かしらの問題が発生した場合には、自分の命を最優先に考える事。 そして修道院の遺体の件は秘匿されている為、遺体には“エヴレカ”という名前を付けられた。 会話の端々に遺体遺体と連呼するわけに行かないからだ。 エヴレカ―――古い国の言葉で“見つけた”という意味があるらしい。 一通りウケイの話が終わった後に、オルタナは課題の「答え合わせ」を願い出る。「ふむ。つまり灰と藁を調達して、あの無縁墓地に敷き詰めると?」「はい。灰で土の温度を上げ、風で舞ってしまわない様に藁を敷けば、枯れゆく間の匂いを軽減出来るのではないかと考えました」 それを聞いたウケイはぶつぶつと独り言ちた後、「及第点」と言った。「え?」「悪くない答えではありますが、一歩遅い」「……遅い」「まず、そう考えたのなら今日を待たずして私に材料調達を頼むべきでした」「……はい」「これは試験ではないのです。現実に問題が起こっていて、お前はラティ様に結果を出す様言われたはずですよ。覚えておきなさい、オルタナ。出遅れれば、どんな良策も下策に成り下がります」「すみません……」「常に状況を把握し、誰がどう考え動くのかを見なさい。そして自分がどう動くべきか判断しなさい。耳を澄まし、情報を整理し、判断し行動する」「はい、先生」 この人は、祖母と似たような事を言う。 オルタナはそう思いながら、何だか祖母と一緒に居た頃の様で嬉しくなる。「とは言え、答え合わせは行きの馬車の中で、と言ったのは私です。今回はもう私の方で対応策を準備してあります」「対応策……?」「はい。今回は灰ではなく炭を使います。その炭はアウルム駐屯地の兵士達がもう準備してくれていますから、一個小隊がアウルム修道院まで運んでくれる手筈になっています」
「ミレー、お前何怒ってんだ?」「ノエル、私が何に怒っているのか、分かっているのよね?」「はっ⁉」 「分かっているから誤魔化そうとしているのよね?」「ちょ、団長? これ、どうっ……」「分かった、ミレー。茶を淹れてくれ」「濃いぃの淹れて差し上げますね。だんちょっ!」 ティーセットと湯を用意して、オルタナが用意した茶を淹れる。 その途端、特警の詰所に、まるで猛暑日の厩舎の様な匂いが立ち込めた。 立ち昇る湯気に混ざる強烈な匂いに、ミレーも眉を顰める。 公爵とノエルは二人して結託し、自分を置いてけぼりにして婚約話を進めている。 政略的に婚約話が進められる事については、貴族の令嬢として仕方ないと重々承知していた。 でも、心が付いて行かない。 この二人だからこそ、除け者にされたのがより歯痒かった。 このくらいの仕返ししてやっても、罰は当たらないはずだ。 オルタナを巻き込んだのは、彼が不憫だったから。 大人のハッタリに騙されて自分の恋心を一生懸命に押し殺そうとしている。 そんな健気な彼を見ていると、背中を押してあげたくなる。 それが同情に似た粗末な感情だとしても、だ。「「……にっが!!」」 そうでしょうとも。 泥の様な色になるまで渋く淹れてやったんだから。 兄が三人もいる末っ子男爵令嬢を舐めるんじゃないわよ!「……それより、ミレー。オーリィとの密会は楽しかったか?」「え?」「オーリィとだからこそ、話せる事もあっただろう」 そう言って公爵は伏し目がちにこちらをチラリと見た。 「ヴィー様……」「オーリィは人の話を聞くのが上手い。あの子はジッと耳を澄まし、よく人の表情を見ている」 「……そう、ですね」 「彼には独特な雰囲気があるだろう?」「えぇ、本当に。楽しい時間
審議会が終わって、ミレーは特警の詰所で項垂れていた。 オルタナはウケイと共にアウルムへと出発した。 本当は傍に置いて守ってあげたかっただろう公爵は、オルタナの乗った荷馬車の行方を、特警の詰所の窓から見えなくなるまでずっと眺めている。 ミレーはその様子を執務室の机に突っ伏して盗み見た。「ヴィー様、オルタナがいなくて寂しいんですね」「なぁに、あのウケイ殿に特大の貸しを作って損はない」「特大?」「それより、ダリスに褒美をやらなきゃだな」「あぁ、あの侯爵家の坊ちゃんですかぁ……」「何だ? ミレー」「べっつにぃ……」 ミレーはそう言って、ふいっと視線を逸らした。 証言台に立ってくれたダリス・ファージに感謝していないわけではない。 だが、あの若造が侯爵家の嫡男でいけ好かないのも事実だ。 普段からヴィンス・サリバンを敬愛していると触れ回って、今回の内偵班にも権力を行使して選抜されたと聞いていた。 ハッキリ言って、嫌いなタイプだ。 事あるごとに公爵様公爵様と纏わりついては、媚びを売る。 家から何か言われているのか、本人の意志なのかは定かじゃないが、ぶっちゃけ目障りな少年だった。「機嫌が悪いな、ミレー。どうした?」「そんなんじゃありません。私だってオルタナがいなくて寂しいだけです」「そうか……」「あ、そうだ。オルタナからこれを預かって来ました」 ミレーはそう言って小さな袋を公爵に手渡した。「オーリィが俺に?」「ヴィー様がお疲れの様なので、疲労回復に効くお茶だそうですよ」「ほぅ……」 公爵は小袋を開けて、次の瞬間には眉を顰めた。 そうだろうとも。 偏食の公爵がこんな強烈な匂いのするものを好むはずがない。「すっごく美味
「ございません」 そう言ったしわがれた祖母の声に、周りの貴族達が眉を顰める。 貴族は美しい者が好きだ。 だから祖母を敬遠するのも仕方ないのかもしれない。 けれど、オルタナはこの久しぶりのあからさまな空気に、怒りを覚える。 見下している癖に、困ったらすり寄って来て、嘲笑している癖に、死にかけると縋りついて来る。 そんな人間でも祖母は、結局は助けて来た。 自分を育てる為、居場所を確保する為、自分の心を捨ててでも人々を助けて来た人なのに、彼らは祖母が一言発しただけでまるで汚い物でも見るかのような視線を藪から棒に投げて来る。 でも祖母は、教会での三年の修業が決まった瞬間、初めて口角を上げた。「なら、ついでにその王妃のご友人も教会で預かりましょう。十年もの間離れて暮らしていたのなら、その方が彼も嬉しいのでは?」 は? 絶対嫌だ。 教会なんかに連れて行かれたら、何をされるか分かったもんじゃない。 信者であるΩに凌辱を強いている奴らが、足のつかない死んでも何の損もないこんな格好な餌食を見逃すはずはない。「冗談ではありませんわ。私の友人ですから、私の傍に置かせて頂きます」「それはいけません。何かあっては……」「教会の信者の中では今、妙な病が流行っているのだとか。友人が殺されたら私、何をするか分からなくってよ」 笑顔、まぶしっ……。 この人は本当に十二歳なんだろうか。 あの大司教相手に物怖じせず言いたい放題言えるのは、他国から来たからなのか、幼さの特権か。「殺されるだなんて、王妃様も人聞きが悪いですな。その件に関しては、こちらできちんと対処します故、ご心配なさらずとも結構です」「私の友人を、貴方に監督して頂く義理もないわ」「私は王妃陛下の身を案じておるのです。余り我儘を仰せになりませぬよう……」「我儘? 私を躾ける